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大阪高等裁判所 昭和35年(ツ)70号 判決

上告人 控訴人・原告 鈴木政雄こと金英洙

訴訟代理人 小林為太郎

被上告人 被控訴人・被告 星野ユキ

訴訟代理人 金井塚修

主文

原判決を破棄し、本件を京都地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小林為太郎の上告理由について。

調停調書において、相手方が申立人に対する過去の延滞賃料債務を一定の時期に支払うべく、その支払を怠つたときは相手方は建物の賃借権を失い、直ちにその建物を申立人に明け渡すべき旨の条項の記載のある場合、相手方がその支払を怠つていないことを理由として右債務名義に基く執行を排除しようとするには、執行文付与に対する異議の申立又は異議の訴によることもできるし、また請求に関する異議の訴によることもできるものと解するのを相当とする。

前示の調停条項を定めてある場合、債務者が弁済したことの立証責任は一般の原則にしたがつて債務者である相手方にあるものであつて、債権者である申立人は執行文付与を求めるに際し債務者が支払を怠つていることを証明する必要はない。もし債権者が弁済のないことを証明書をもつて証明することを要するものと解するならば、これはほとんど不可能であろうから、債権者は一々民訴法五二一条により執行文付与の訴を提起しなればならない結果となる。

このように考えると、右の場合は同法五一八条二項に定める債権者が証明書をもつて条件を履行したことを証するときにあたらないから、同法五四六条前段に定めるところによつて執行文付与に対する異議の訴を提起することはできないように見える。しかしながら、前示の調停条項を定め債務名義に表示された給付義務の発生は当初から相手方が一定の時期に支払を怠ることを停止条件とするものであつて、債務名義に表示された給付義務に実体上の変動が生じたことを主張するものではなく、一方債務名義に表示された停止条件が成就したかどうかが争われている点において同法五四六条前段の場合に類似しているから、債務者は調停条項に定めた停止条件が成就していないことを理由として同法五二二条により執行文付与に対する異議を申し立てることができるばかりでなく、同法五四六条に準じて執行文付与に対する異議の訴を提起るこすとができるものと解すべきである。

すでに説明したとおり、前示の調停条項を定めた債務名義に表示された給付義務の発生は当初から相手方が一定の時期に支払を怠ることを停止条件とするもので、債務名義に表示された給付義務に実体上の変動があることを主張するものではないから、同法五四五条に定める請求異議の訴を提起することは許されないように見える。しかしながら、債務名義に表示された請求の実体に関する争であるから、債務者は同法五四五条に準じて請求に関する異議の訴を提起することを妨げないものと解する。もしこのように解しないとするならば債権者が右債務名義に基く強制執行をしようとすることが明白な場合にも、執行文が付与されるまで、債務者は救済手段を講ずることができず、その保護に欠けることとなる。

このように債務者は前示債務名義に基く執行を排除するについて、執行文付与に対する異議の申立、執行文付与に対する異議の訴、又は請求に関する異議の訴の三者のいずれによることも許されるが、これがため債権者はとくに著しい不利益を被るものということはできない。

ところが、原判決は、昭和三三年八月一三日双方間の京都簡易裁判所同年(ユ)第二〇四号家屋明渡調停事件において、(一)被上告人は上告人に対し原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という。)を引き続き賃貸する。(二)賃料は、同年八月一日以後月額三〇〇〇円毎月分翌月六日持参払とする。(三)上告人は被上告人に対し同年三月一日から同年七月三一日までの間の延滞賃料計一万二五〇〇円の支払義務を認め、これを同年九月六日限り持参支払う。(四)上告人が(二)の賃料の支払を三回以上怠るか、または(三)の延滞賃料の支払を怠つたときは、賃貸借契約は当然解除となり(右賃貸借は当然終了し)、上告人は被上告人に対し即時本件建物を明け渡さねばならない旨等の調停が成立したことは双方間に争がないものと認め、前示(三)の延滞賃料の弁済期は同年一〇月三一日まで延期され、その期限前の同月二五日、同月二七日上告人は二回にわたり右延滞賃料全額を弁済したが被上告人より受領を拒絶された旨の上告人の主張は、請求異議の訴の異議理由として意味がない旨判断しているのであつて、上告人に右延滞賃料債務の履行遅滞があつたかどうかの事実について判断しなかつたことは原判決の判文上明白である。原判決が上告人の延滞賃料について遅滞なく履行の提供をした旨の主張は請求異議の訴の異議事由に該当せずその主張自体理由がないものとしたのは、法令の解釈を誤つた違法があるものといわねばならない。原判決は全部破棄を免れない。

よつて民訴法四〇七条一項に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

上告代理人小林為太郎の上告理由

一、原審判決は延滞賃料債権の支払の猶予と家屋明渡の強制執行の猶予を別個のものとして考察し、仮りに十月末日迄強制執行をしない旨の約定があつても右期日を経過して居るから異議の理由とならないと結論しておるけれども、右延滞賃料を猶予期間中に支払へば強制執行をしないとの約定であつて、上告人に於て右延滞賃料を支払のため被上告人方に持参したが被上告人に於てそれが受領を拒絶したため受領遅滞に陥つておるものとすれば、被上告人の家屋明渡請求権も行使出来ないのが当然であると謂はねばならない。

二、原審判決が右事実誤認に陥つた所以は、その理由に於て延滞賃料債権に対する請求異議の理由として調停成立後の当事者間の契約により右調停条項外の約定を異議の理由とし、それによる停止条件の不成就なる主張を請求異議の理由としたことは全く無意味であると論断しておるところによるものである。しかれども、右は民訴法第五四五条第二項の法意に反するものであつて判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反あるものであり民訴法第三九四条により上告の理由あるものと思料する。

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